猫沢シネマ


ミュージシャン、エッセイスト、映画解説者、グラフィティーライター。
2002年よりパリ在住。 著書に "パリ季記~フランスでひとり+1匹暮らし~" (地球丸)がある。秋には新刊を出版予定。
www.necozawa.com
旅行や留学で、たくさんの日本人がパリへ訪れる昨今。けれど「フランス語だし、映画館のこともよくわからないし…」なんて理由で、‘何度もパリに来ているけれど、まだ映画を見たことがない’という方も多いのでは?しかし、映画の都・パリを楽しまないなんてもったいない!移住当初、フランス語がほとんどできなかったころから映画館通いをしている私は、シアター前で躊躇している日本人を見かけると、「さあ、とにかく入ってみて!」と、思わず腕を引っ張りたくなる。フランス語がわからなくても、パリで映画を楽しむことは十分できる。例えば、日本で一度見たフランス映画をパリでもう一度見れば、もっと深く印象に残ったり、日本映画のフランス語字幕を見て「ふーん、こんな風に言うのか」なんて、勉強にもなったり。そんなわけで、微力ながらこのページでは、もっと多くの方にパリの映画を‘自分のペースで’楽しむ術を伝えられたらいいなと思う。

まず、上映時間が曜日よって異なる映画館もあるので、キオスクで買える ‘Pariscope’(パリスコープ)を買ってみよう。毎週水曜日発売。‘CINEMA’のページをめくれば、各区別の映画館情報が網羅されている。そこで上映時間を調べれば大丈夫…なのだけど、大抵の方は「見ても仏語タイトルの映画じゃよくわからない。」と、なるだろう。そんなときは、‘行けば必ず何かしらやっている’音響設備のよい大型映画館をまずお勧めする。私がよく行くのは、13区にあるフランス国立図書館(Bibliothèque nationalede France)のすぐ横にある‘MK2 Bibliothèque’(エム・カー・ドゥ・ビブリオテーク)。ここでは常時10タイトル以上の映画が上映されている。入り口の上部にある映画のラインナップポスターを見れば、突然行っても必ず何かしら面白そうな作品が、手頃な開始時間であるはずなので、まずは行ってみる。

その‘MK2 Bibliothèque’へ、先日中国映画を見に行った。2003年に日本でも公開された‘中国の小さなお針子’の監督ダイ・シージエの最新作‘LES FILLES DU BOTANISTE’(直訳すると‘植物学者の娘たち’)。舞台は中国・昆林にある小さな島。俗世間とは隔離された植物園に暮らす植物学者の父と娘。そこへ、ロシア人の母と中国人の父を持つ孤児の娘、リ・ミンがやってくる。植物学者の美しい娘アンとリ・ミンの情愛が、花々に囲まれ秘めやかに育ってゆく。偏屈な父や、軍人であるアンの兄・ドンの単純で傲慢な姿は‘男性の愚かさ、醜さ’の象徴のようにも見える。この男たちがくりひろげる醜態が‘現実’だとしたら、美しい娘たちが植物園で織り成す、甘美でエロティックな世界は‘非現実の世界’といえる。ここで思うのは、東洋の女性美や官能を描くのに‘湿度’は重要なポイントになるということ。真夜中の温室、アンが蒸された薬草の上に裸で横たわるシーンは、東洋人の私の体の真ん中に、すとんと気持ちよく納まる‘美の快感’がある。けれど、乾燥した空気の中で育ったフランス人に、この感覚がきちんと伝わっているだろうか。特に、テーマが‘同性愛’なだけに、高い湿度が人によっては‘嫌悪感を増すだけ’になってしまうかもしれない。


そんなわけで、フランス人の観客の反応が気になっていたら、上映後、後ろの席に座っていた初老のマダムが、若い2人組の女の子たちに「あなたたちはどう感じた?」とタイミングよく質問した。彼女たちは「うーん、ちょっと不快だったわね。ああゆう世界って理解できないところがある。」と答えていた。やっぱり・・・いや、高湿度でもフランス人をうならせることは出来るのだけど、それを際立たせる‘引き算’が、この作品には足りなかったように思う。あくまでもフランス人からの視点なのだけど。さらに、マダムは彼女たちに「ところで、映画の途中で騒いていたのってあなたたち?」と切り出すと「違うわよ。でも、人の足音とか気になるのだったら、家で見たら?ここは映画館なんだから、音がするのはしょうがない。」ときっぱり。どこへ行ってもこうした年代を超えた小さな意見交換があるのがフランス。そのやりとりは‘生きた言葉の交換’で、見ていてすがすがしい。

植物園の映画を見たら、緑が恋しくなったので、すぐ隣の国立図書館に行って、長い回廊の椅子に座り、植物園モドキの緑生い茂る中庭をぼんやり眺めた。映画を見た後に街へ出ても、その雰囲気を壊さないのもパリが‘映画の街’である証しかもしれない。‘LES FILLES DU BOTANISTE’は、5月中ごろまでパリの各映画館で公開中。あなたも自分の中にある‘湿度’と‘官能’を再確認しつつ、周囲の観客の反応を肌で感じてみてはどうだろう。


MK2 Bibliothèque
128-162 av. de France 75013 Paris
メトロ 14番線 Bibliothèque F. Mitterand
メトロ 6番線 Quai de la Gare
9.40 ユーロ / 学割 6.80 ユーロ
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