ソフィア・コッポラの新作'MARIE ANTOINETTE'が、只今パリで公開中だ。数ヶ月前、映画館で予告編を見て、ぶっとんだ。視覚的には、超ロココな17世紀フランス王朝を、微細なところまで再現しているのに、BGMにはUKロックの猛者'ニュー・オーダー'が、がんがんに流れている。一発でわかった。「ソフィアはアントワネットの青春を描こうとしている。」と。
日本でもヒットした彼女の出世作'バージン・スーサイズ'は、10代の女の子だけが持つ、イノセンスでガーリィな心象風景を見事に映像化していた。そう、この人は'ガーリィな世界'を愛している。そしてまた、ガーリィを描かせたら、右に出るものはない監督でもある。そのソフィアがアントワネットにどう切り込むのか。これは実際に見てみなければ始まらない。

公開が始まるとすぐにフランス人の友達に「ねえ!'マリー・アントワネット'を見に行こうよ。」と誘った。すると彼はすげなくこう言った。「あ、それ、つまんないって評判だよ。」そういえばカンヌ映画祭では、地元プレスからブーイングの嵐だったと聞く。この友達の言葉を聞いて「ますます見たい!見なければ。」と私は思った。そりゃあそうでしょう。マリー・アントワネットを描くというのは、ある意味、フランス史上の核へ触れるようなもの。それをアメリカ人の、しかも一癖も二癖もあるソフィアが撮ること自体、お硬いフランス人の反感を買うことなど、想定内だったはずだから。フランス人が、良くも悪くも反応する、というのは'その映画に何ががある'と見てよい。嬉々として、私はひとり映画館へ向かった。そして、またぶっとんだ。全編英語、ロココなのにロック。ブルジョワジーたちの悦楽と、ベルサイユ宮殿の滑稽で退屈なしきたりetc…。それらを、キルステン・ダンスト演じるアントワネットの無垢で真っすぐな視点が'暴き出す'。彼女の視点こそが、ソフィア、または現代からアントワネットを通して、ベルサイユに咲いた人々の欲望を覗こうとしている私たちすべての視点だ。とかく歴史物を描くとき、人は人格化されてしまいがちだけれど、ソフィアのベルサイユには、素っ裸の人々が乱舞していた。

↑ 視覚的にはかなり忠実にロココなのだけど…
そのギャップが素敵。
ところで、フランス人と共に暮らしていて、いつも思う。「感情をチャーミングに露わにするのが上手だな。」と。だから、劇中「きっと、当時の人々はこんな話をして、こんな風に笑っていたのだろう。」とあっさり納得できてしまった。英語なのに。それは、いくら歴史が速い流れで現代まで進んできたとしても、人間の本質に、
そう大きな変化があるわけでなく、だから、200年前、アントワネットはベルサイユでこんな風に笑ったり、泣いたり、生きていたんだろうと、まるで自分の身近な女友達を眺めるように、共感できてしまう。逆に言えば、ダンストの演じるアントワネットの表情や心象風景だけが現代からタイム・トリップして、ベルサイユの時代やしきたりに、、驚いたり小首をかしげたりしているようで面白い。うっとりするような衣装、実際のベルサイユ宮殿で撮られた映像。そして、ロック。断頭台の露と消えたアントワネットのガーリィな魂が、ソフィアによって成仏した。そんな切ない気持ちにさせられる、ひとりの、普通の女の子の青春映画。
‘
MARIE ANTOINETTE'
2006年・アメリカ作品
出演:ジェイソン・シュワルツマン
リップ・トーン
アーシア・アルジェント
マリアンヌ・フェイスフル /他
日本での公開は2007年お正月を予定。
現在パリの、UGC、MK2、Gaumont系などの
大型映画館を中心に公開中。

↑ ソフィアのインスピレーションの素となった
ANTONIA FRASER作の原作本も話題。