猫沢シネマ

映画のスペシャリスト猫沢エミと、ただの映画大好き長谷川たかこがお届けするシネマ往復書簡。
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たかこ&猫沢のシネマ往復書簡 N゜7

たかこさんこんにちは。とはいえ数時間前、やっとお昼ごはんをご一緒できましたね!6月半ばからパリにいたというのに忙しい毎日に翻弄されて、なかなか会う時間が作れないなんて、ちょっとナンセンスだわと思いました。とにかく元気な姿が見れてよかったです。タイ料理もとてもおいしかったし。

Persepolis ところで先日、こちらもなかなか行けなかった映画 にやっと行くことができました。そして、前々から気になっていた「Persepolis」を見ました。素晴らしかった!監督はイランの出身の女流作家、イラストレーターのマルジャン・サトラピ。1969年生まれで私とほぼ同い年の彼女は、首都テヘランのカージャール朝の流れを汲む進歩的な上流階級の家庭に育ち、少女時代に当時のパーレビ国王の失脚とイラン革命、そしてイラン・イラク戦争を体験しました。この物語は、幼いマルジャン本人が、これらの歴史的事件を通して思う、素直な‘なぜ?’に満ちています。人や物への価値観が、国の情勢や、権力者によって変わってしまうへんてこさ。その世界が歪んでゆく様子を、子供の視線はするどく突いて観客へ投げかけます。
1978年、イランの首都テヘラン。8歳のマルジャンはお父さん、お母さん、おばあちゃんの4人暮らし。映画の冒頭に描かれるこの頃は、女性は強制的にベールをかぶるような現在のイランではなかったことがよくわかる。ずいぶん前に日本でイランの歴史とドキュメンタリーの番組を見たのですが、それを見るまで不勉強な私は、イランは昔から変わらず自由の少ない国だと思っていたのです。けれど、そうではなかった。ことに女性は生き生きと自由な姿で街を闊歩していた、と知って大変な衝撃でした。マルジャンの生きていた自由な世界が急変するのは、1980年に勃発したイラン・イラク戦争の後。女性は急にベールを被らねばいけなくなり、男性からのリスペクトは消え去り、酒やロック音楽など自由を象徴するものは徹底的に排除される。
Persepolis
けれど恐怖政治のさなかにも、マルジャンのお母さん、そして特におばあちゃんは、人間の品位と知性を貫いて凛としているところがいい。おばあちゃんが孫娘に一生の宝となるような教えをするのは、東西問わずいろいろな作品で描かれていますよね。ソフィー・マルソーのデビュー映画‘ラ・ブーム’しかり、幸田文の小説‘きもの’しかり。知的に歳を重ねた女性の素晴らしさが胸に沁みます。そして、国という大きな単位の価値観がどんなに変わろうとも、家族という一番小さくて強固な‘国’がしっかりしていれば、人はどんな困難も乗り越えることができるのだと教えられます。その後、マルジャンは革新的な親の考えによって、ひとりウィーンで青春時代を送り、それからの人生も波乱に満ちて、最後にフランスへ移住することになる。

これがもしも実写の映画だったらどうだろう?と、私は見ている間、ずっと考えていました。ストーリーから想像すると、かなり悲惨な映像描写になって、それだけに目が行ってしまい、作品が語ろうとする問題の核心を覆い隠してしまっていたかもしれません。しかし、アニメーションという手法と、マルジャンの持つあっさりとしたタッチの画風が、余計な感情を見る人にあたえず強いメッセージとなって胸に突き刺さるのです。感情に揺さぶられやすい女性クリエイターの弱点を見事に払拭しながら、彼女のこれまでの人生のように、自分を俯瞰する冷静な視線がこの素晴らしいアニメーションを生み出した。それがここ、フランスで、というのがとても嬉しく、誇らしい気持ちがしました。
Persepolis
2005年 フランス作品
監督/マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・パロノー
声の出演/キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ダニエル・ダリュー

2007年6月27日よりフランスで公開中。
現在パリでは、MK2、UGCなどの大型映画館他で見ることができます。
長谷川たかこ プロフィール
パリ在住20年の文筆家。版権エージェント・翻訳家を経て出版プロダクションを立ち上げ、フランスのバンド・デシネ(漫画)を日本に紹介。漫画家の長谷川町子は伯母にあたる。
長谷川たかこ プロフィール
猫沢エミ プロフィール
ミュージシャン、エッセイスト、映画解説者、グラフィティーライター。2002年よりパリ在住。 著書に "パリ季記~フランスでひとり+1匹暮らし~" (地球丸)がある。
オフィシャルHP: Ou est mon chat?(www.necozawa.com)
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