エミさん、こんにちは。東京最後の晩に会えて、昔は芸者さんの家だったという風情のある小料理屋で一緒にご飯、楽しかった!どうもありがとう。

2週間日本にいたお陰で、間があいてしまったけど『
ペルセポリス』は私も観ました。良かった!エミさんが余すところなく解説してくれて、これ以上付け足すことがあるだろうか・・・作品に厚みを出している声優の顔ぶれかな:マルジャンはキアラ・マストロヤンニ、お母さんはカトリーヌ・ドヌーヴ(つまり声役も母娘)。しわがれていながら凛とした声でマルジャンを励ましたり諭したりのおばあちゃんはダニエル・ダリュー(先日紹介の『
ロシュフォールの恋人たち』でお母さん役)。人間形成期にマルジャンの心の拠り所となったと思われる存在。しかしパリに発っていくマルジャンの目には、希望に溢れ、あらゆる可能性を信じていた小さい頃の輝きはありません。
さてこれも自由を奪われた独裁政治下でのお話、『La vie des autres』(他人の生活)、あんまり良くて2回も見てしまった。日本語タイトルは『善き人のためのソナタ』です。舞台はベルリンの壁崩壊5年前の東ドイツ、シュタージと呼ばれる監視システムが特に芸術家の思想や行動を厳しく見張っています。容赦のない拷問で有名な諜報員、ヴィスラー大尉、彼の新たな任務は、詩人のドライマンと恋人の女優、クリスタ・マリアの生活を監視し、彼らが反体制だという証拠を掴むこと。同じ建物の屋根裏にこもり、盗聴装置を張り巡らした彼らのアパートで起こる一部始終を聴き、レポートにするヴィスラー。彼らの人間的な会話、ささやきあう愛の言葉を耳にするうち、固く閉ざされていたヴィスラーの心が少しずつ解けていきます。盗聴の間に垣間見るヴィスラーの暮らしは殺伐としたもの:一人暮らしの殺風景なアパート、仕事から戻った彼は、ご飯にトマトケチャップをぶっかけたような食事をテレビの前でもくもくとかき込む。娼婦を呼んで機械的に欲求を満たし、人間の温かみが恋しくて「もう少しだけいてくれないか」と頼むが、「次が待ってるの、今度はもっと長い時間予約することね」と、贅肉をブルンブルン震わせて帰っていく娼婦。
そしてある日、詩人がピアノで弾く『善き人のためのソナタ』が盗聴器から流れてきたとき、ヴィスラーの心は感動に震えます。いつも頑な諜報員の表情が美しく溶けます。楽譜は、7年間も書くことを禁じられている作家の友人から詩人に贈られたもの。詩人は友人の自殺を知らされたところでした。「このソナタを心から聴く者に悪人はいない」とつぶやく詩人。ヴィスラーはこの2人を引き裂くことになる命令にためらいを感じ始めます。

ストーリーはこれ以上いえないけど、私にとって今年観たうちで最高の傑作。監督のフロリアナン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクはこの映画のために4年間、取材やインタビューに費やし、シュタージ博物館の館長や元シュタージ大佐からも助言を得たそう。ヴィスラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエはドイツの有名な舞台俳優で、彼自身、シュタージに盗聴されていた経験を持つそうです。この俳優の作品をもっと観たいと思ったのに、ウルリッヒ・ミューエは7月22日、55歳の若さで亡くなりました。
東京では三軒茶屋シアターなどで9月中旬から再上演になるそうです。まだの方、是非。
善き人のためのソナタ(La vie des autres)
2006年ドイツ作品
監督/フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演/ウルリッヒ・ミューエ、マルティナ・ゲデック、セバスチャン・コッホ
長谷川たかこ プロフィール
パリ在住20年の文筆家。版権エージェント・翻訳家を経て出版プロダクションを立ち上げ、フランスのバンド・デシネ(漫画)を日本に紹介。漫画家の長谷川町子は伯母にあたる。 |
 |
猫沢エミ プロフィール
|
 |