フレンチ・コード
ガイドブックには載っていないパリとフランスとフランス人の日常

映画のスペシャリスト猫沢エミと、ただの映画大好き長谷川たかこがお届けするシネマ往復書簡。
ふたりの間で映画をテーマにどんな会話が交わされるのか?

潜水服は蝶の夢を見る | Le Scaphandre et le Papillon

2007/11/09

猫沢

たかこさん、こんにちは。東京もだいぶ寒くなりました。うちのピキは近頃、やっと日本での暮らしのペースを取り戻したようで、のんびりした表情を見せています。さて、私も来週にはパリです。たかこさんが書かれていた『Ceux qui restent』、興味深々。パリに戻ったら、ぜひ見なくては…。
ところでここ数ヶ月、東京の試写会で、たくさんのフランス映画を見ましたが、近頃とても良い作品が多いなあと感じました。その中でも、体に食い込むように鮮烈だったのが‘潜水服は蝶の夢を見る’(仏題「Le Scaphandre et le Papillon」)でした。 2007年のカンヌ映画際で話題をさらったこの映画、パリではもう公開されているでしょうか?

1995年、ファッション誌‘ELLE’の編集長として活躍していた主人公のジャン=ドミニク・ボビー(以下ジャン=ドー)は、ある日突然、重度の脳卒中‘ロックトイン・シンドローム’を患い、全身で動かせるのは左目のみという過酷な運命にさらされます。そして、脳機能は以前となんら変わりなく正常なジャン=ドーが、左目だけを使って意志を伝え、同名手記を書き上げるという実話を映画化したものです。ELLEの編集長、そして名うての女たらしで自由人だった彼。誰もがうらやむ存在からの、まさに悪夢のような転落劇。しかし、身体の自由を奪われたジャン=ドーの表現者としての魂は、ここから本物の昇華を始めます。‘潜水服に閉じ込められた彼’は、今までの人生を振り返って悔やみ、また甘い思い出をかみ締めたり、気の遠くなるような絶望と希望の間を往復してゆく。テーマが重く、さらにこれが実話、となると見る側も否応なく過酷な精神状態に追い詰められそうなものですが、この映画には、映像としての完璧な美しさや、感情にかたより過ぎないクールな視点が全編に貫かれていて、そこがまったく見事です。「夢の中ではどこへでも行ける。何でもできる。」と、レストランでうまいものを食べ、美しい女と愛を交し合う。彼はイマジネーションの世界で人間らしい欲望を解き放ち、常に健全であり続ける。 もちろん実際のジャン=ドーには、神にすがるような時間もあったでしょうが、監督・ジュリアン・シュナーベルは、ありがちな信心深さに彼を置かず、常に生身の男としてジャン=ドーを扱い続けることで、逆に彼の真摯で清廉な姿を浮かび上がらせている。たかこさん、この映画では本当に様々なことを考えさせられました。普通に話せたり笑ったりするだけで、人間は素晴らしい表現者であることにもハッとさせられますが、もうひとつ、文学や芸術を生み出すさらに高次の表現者となりうるには、ジャン=ドーの場合、体の自由を奪われる必要があったということ。いや、本当にその必要があったのか?彼自身がその究極のテーマを自問自答しながら真の表現者になってゆく様は、凄まじい。凄まじいのだけれども、私は、彼の苦しんでいるシーンではなく、彼が苦しみの末に書いた物語の朗読シーンで、あまりにもその文章が美しくて号泣しました。それこそが、ジャン=ドーが最後に出した答えなのではないかと思いました。


潜水服は蝶の夢を見る(Le Scaphandre et le Papillon)
2007年 フランス=アメリカ作品
監督/ジュリアン・シュナーベル
原作/ジャン=ドミニク・ボビー
出演/マチュー・アマルリック、エマニュエル・セニエ

※日本での公開は2008年、シネマライズほか全国ロードショー

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