たかこさん、こんにちは。3ヶ月ぶりのパリは、不安定なお天気です。夕べはものすごい台風のような嵐で、今朝はヒョウがぱらぱらと。来週には回復するといいんですけど。
さて、今回の日本滞在では、たくさんのフランス映画を観ました。その中で、これは大作だなあと感じつつも、観る人によって印象がまるで違う作品になるだろうと思ったのが、文豪バルザック原作の‘ランジェ公爵夫人’でした。監督は映画界の巨匠、ジャック・リヴェットなのですが、リヴェットがバルザックをどう撮るのか?という部分でも期待して観に出かけました。
舞台は19世紀末、貴族社会に陰りの見えはじめるパリ、サンジェルマン。ランジェ公爵と結婚したナヴァラン家の魅惑的な女、アントワネットは社交界の華で、夜な夜な開かれる舞踏会の中心人物。ある夜、舞踏会に現れたモンリヴォー将軍と出会い、ふたりは強く惹かれ合う。彼は、ナポレオン軍率いる戦争の英雄であり、世俗から一歩身を引いた、暗い獣のような男。胸の中にある激しい情愛を互いに知りつつも、一切身体の関係を持たずに、激しい精神戦を仕掛けあうふたり。フランス的な恋愛観念がない多くの日本人には、解せない部分が多い恋物語ではあるけれど、これは人間の本能を暴き出している。そして、その核とは、男と女の恋愛における、力の均衡、ではないかと。
この映画を観て、思い出さずにはいられない小説があります。ポーリーヌ・レアージュ著‘O嬢の物語’。ただのSMポルノ小説と取り違えられることも多い、このフランスの名作には、愛というものが介在する力の均衡と、人間が本能的に持っている支配される喜びのすべてが書かれています。と、書くと少々こむずかしいかもしれませんが、誰しも身に覚えがあるはず。恋愛をして、相手と自分が同じ量で愛し合うのは、奇跡に近い。どちらかがどちらかに数ミリでも多く惹かれてしまえば、そこには多少なりとも支配者とそれに従う者の関係が出来上がる。恋愛の悩みは、大抵ここが出発点。
その数ミリの差をあえて天と地ほどに拡大したとき、初めて訪れる恍惚の世界もまた存在すると思うのです。それがフランス的な恋愛か、というとそうではなくて、結局、何がフランス的かといえば、恋愛にタブーはない、という本能と向き合う姿勢そのものが、フランス的だと私は感じました。そして、生理的な好き嫌いは別として、この映画から、何か感じるものがひとつでもあったなら、その人は、恋愛を奥深く知る資質と素養があるといってもいいのかもしれないな、と。ところで、アントワネットを演じたジャンヌ・バリバールの知的な美しさからも目がそらせません。日本人の好む愛嬌のあるかわいい女性とは対極の、成熟しきった生ハムのような匂い。けれど、品がある。華美に演出しがちなこのころの貴族の衣装もリアルに再現されていて、そのドレスを眺めるだけで、この、SEXを介在しない淫靡な精神愛の世界に引き込まれ、妙な心持ちにさせられました。
ランジェ公爵夫人 (Ne touchez pas la hache)
2006年 フランス・イタリア作品
監督・脚本/ジャック・リヴェット
原作/オノレ・ド・バルザック
出演/ジャンヌ・バリバール、ギヨーム・ドパルデュー、ミッシェル・ピコリ
※日本での公開は、2008年4月5日(土)岩波ホール
他、順次全国ロードショー。
http://www.cetera.co.jp/Langeais/
長谷川たかこ プロフィール
パリ在住20年の文筆家。版権エージェント・翻訳家を経て出版プロダクションを立ち上げ、フランスのバンド・デシネ(漫画)を日本に紹介。漫画家の長谷川町子は伯母にあたる。 |
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猫沢エミ プロフィール
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