猫沢シネマ

映画のスペシャリスト猫沢エミと、ただの映画大好き長谷川たかこがお届けするシネマ往復書簡。
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たかこ&猫沢のシネマ往復書簡

エミさん、こんにちは。
実は私、アニエス・ヴァルダの映画に先入観を持っていました。インテリで哲学的で、途中で眠ってしまうようなドキュメンタリー作品。
セザールで、最優秀ドキュメンタリー賞を取ったとき、真っ二つに染め分けた(ちょっと河童みたいな)頭で現れたアニエス・ヴァルダを見て、その懐疑は深まるばかり。というわけで『アニエスの浜辺』の評判をあちこちで読んだり耳にしても、観に行こうとは思わなかったのです。

アニエスの浜辺
アニエスの浜辺
アニエスの浜辺
アニエスの浜辺

ところが!送っていただいたDVDを見始めた途端、スーッと彼女の世界に引き込まれてしまいました。
まずアニエスの声。美しい声とはいえないけど、淡々とした語り口は心地よく、まっすぐ心に届くよう。
そして海。寄せては返し、激しさと穏やかさ、明と暗を繰り返す浜辺は私たちの日常に似ていて、自分の人生を語るこの映画と文字通りぴったり合う波長です。

生まれ故郷、ベルギーの浜辺。船の上で飛び跳ねて遊ぶ少女時代のアニエス。カジノで死んだ父。
パリで写真を学び、生活のためギャルリー・ラファイエットやSNCF(フランス国鉄)のために写真を撮りまくるうち、映画に惹かれていく。どうして?「言葉が欲しくなったから」
人生の伴侶、ジャック・ドゥミーとの出会い。出産。彼の監督作品『シェルブールの雨傘』の大ヒットでロサンジェルスへ(アメリカの海はあっけらかんと翳りがない!)
ジャックと頻繁に訪れ、一緒に歩くノワールムーチエの浜辺(この浜辺は2年前に行きました。静かで少し暗いブルターニュの海は冷たくて、とうとう泳げなかったけど)。

アニエスが見つめるのはこの風景の中で生活を営む人、普通の人たちです。普通の人たちを撮るとき、そこには彼女の歩いてきた道や、好きなタブローや、映画界の先人たちから学んだことが重なり、ひとつの映像にはいくつもの層が、奥行きがあります。それは映画というジャンルを超えて、何かを作り出すという仕事はこういうことなんだ、と思わせる普遍性があります。
この映画のもうひとつの魅力は、フランスの大スターのデビュー当時の姿。童顔のフィリップ・ノワレ、今の半分くらいのほっそりしたジェラール・ドパルデュー、お人形のように綺麗なカトリーヌ・ドヌーヴ、はにかんだ笑顔が可愛いハリソン・フォード・・・
55年、住み続けている映画の世界へのオマージュであり、人生へのオマージュ。

まっすぐ切りそろえた前髪からのぞく大きな目は、好奇心でキラキラ輝く子供の目そのまま。私の根拠レスな先入観はふっとび、アニエス・ヴァルダの過去の作品を観たくなりました。
薦めてくれたエミさんに感謝!です。


アニエスの浜辺
2008年 フランス作品
監督・脚本/アニエス・ヴァルダ
出演/アニエス・ヴァルダ、ジャック・ドゥミー、マチュー・ドゥミー
長谷川たかこ プロフィール
パリ在住20年の文筆家。版権エージェント・翻訳家を経て出版プロダクションを立ち上げ、フランスのバンド・デシネ(漫画)を日本に紹介。漫画家の長谷川町子は伯母にあたる。
長谷川たかこ プロフィール
猫沢エミ プロフィール
ミュージシャン、エッセイスト、映画解説者、グラフィティーライター。2002年よりパリ在住。 著書に "パリ季記~フランスでひとり+1匹暮らし~" (地球丸)がある。
オフィシャルHP: Ou est mon chat?(www.necozawa.com)
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