たかこさん、大変ご無沙汰してしまいましたが、お元気そうでなによりです!
日本はめっきり秋らしくなり、私は風邪を引きました…。今度のは、なんだかフランスでよくなるガストロ(ウイルス性胃腸炎)っぽくて、参った。フランスでもらった薬が役に立っています。そうそう、11月はまたパリに行きます。今回は、たくさん映画が観れるといいなあ。
さて、この映画の中にも登場している、2006年にパリのカルチエ現代美術館で開かれたアニエスの展覧会を実際に見たのですが、本当に素敵でした。愛猫ズググ(アラブ語で‘松ぼっくりの間にある実’という意味なんですって)のお墓に、カラフルな貝殻を敷き詰めてゆくショートフィルムのコーナーには、課外授業で訪れた保育園児がむらがって、先生を質問攻めにしていました。こんな良質なものに子供の頃から触れられるフランスって、やっぱり素晴らしい!と思ったのを覚えています。ボツにした過去のフィルムで作られた小屋(これも映画の中でアニエスと共に登場しますね。)の中にひとり立ちすくんでいると、彼女の記憶の断片を追体験しているような、切なくて不思議な気持ちになるのです。
映画監督の、しかもまだ、ばりばり元気に存命している人の展覧会といえば、2006年にポンピドゥーで開催されたゴダールの大規模なエクスポジションを思い出しますが、ゴダールのそれと比べて彼女のプレゼンテーションは、アーティストのエゴよりも、女性的な鋭さと柔らかさが同居した、身近で感覚的な印象が強かった。それは、このドキュメンタリー映画「アニエスの浜辺」でも遺憾なく発揮されています。彼女は、ヌーヴェルヴァーグ唯一の女性監督であり、誰もが認める偉大なアーティストですが、私が彼女を好きな理由を突き詰めてしまえば‘愛らしいひとりの女性’だからだろうと思います。もちろん、過去の作品群を振り返ると、小難しいものもあるし、かわいい、だけでは片付けられない、こちらも女性ならではの現実を暴き出すナイフのような鋭さも持っている。でも、彼女が何かを発想するその一瞬は、ものすごくありきたりで女性的な風景から生まれるように思うのです。たとえるならそれは、愛する人のために台所に立つ日常の風景にも似ているし、そこで感じる無上の幸福感とつながっている。映画の冒頭、アニエスがスタッフにあれこれアイディアを伝えて、浜辺のシーンを作ってゆく部分ひとつを見ても、そうした親しみやすい‘手作り感’を感じずにはいられない。
遠い世界の、映画監督という何を考えているのだかわからない天上人のイメージは、そこにはありません。ちなみに私がこの映画の中で一番好きだったのが、2003年のヴェネチアでのビエンナーレで、アニエスがじゃがいもの服をきて、じゃがいもの品種をぶつぶつ言いながら会場を巡っていたシーンです。ああゆう、ちょっと笑っちゃう愛らしさって、たまらなく好きですねえ。猫を見ていても共通する感覚なんですけど、なんだか笑っちゃう愛らしさって、実は絶大なパワーがあるんじゃないかと。そういえば、偉大な人は皆どこか愛らしい。アーティストとしてもひとりのちっぽけな女性としても、そうゆう愛らしい人に、私もなりたいものです。
アニエスの浜辺
2008年 フランス作品
監督・脚本/アニエス・ヴァルダ
出演/アニエス・ヴァルダ、ジャック・ドゥミー、マチュー・ドゥミー
日本での公開は、2009年10月10日(土)東京・岩波ホール他全国ロードショー。




