サン・マルタン運河
Canal Saint Martin

水門が開き、かなり差があった水位が均等になる。橋の一端が切り離され、90度回転して対岸にくっつく。船がゆっくりと進んでくる・・・遮断機が下りた橋の両側で、通行人はこの牧歌的な眺めを見守る。携帯で写真を撮る人もいれば、船に手を振る人もいる。
アルスナル(バスティーユ)のマリーナからヴィレットまで繋ぐ全長4.55kmのサン・マルタン運河。7つの水門と2つの回転橋があり、一日に何度かこの光景が繰り返される。
アンシアンレジーム(革命前の旧体制)下のパリ市民に十分な飲み水がなかったので、この運河の建設を思い立ったのはかのナポレオン・ボナパルト。1802年のこと。しかしナポレオンも隣国を制覇するのに忙しく、加えて建設資金の調達に年月がかかり、運河が完成したのは1825年、シャルル10世のときだった。
運河が黄金期を迎えるのは、19世紀から20世紀中ごろ。飲料水を供給するだけでなく、穀物や商品、建築資材を乗せた船がアルスナル港とヴィレット港の間を行きかった。
1938年、マルセル・カルネが運河沿いのホテルを舞台にした『北ホテル』を撮る(といっても、撮影は複製されたセットの中で行われた)。このホテル、外見は古びてしまったけどちゃんと残っていて、カフェ&レストランになっている。
温故知新で、運河沿いの地域が注目され始めたのは2000年前後。アントワーヌ&リリが一画を買い取って、カラフルなブティックを開き、2号店、3号店が並んで誕生し、カフェ・プリューヌ、レストラン・マリーヌなど流行スポットがポツンポツンと生まれる。
運河のレピュブリック側が、ヴァルミー河岸(Quai de Valmy)、対岸がジェマップ河岸(Quai de Jemmapes)。これが東京だったら、たちまちブティックやレストランが林立することだろうが、運河沿いには昔ながらの印刷屋や事務所があり、パリの中心部とは違うノスタルジックな雰囲気が残っている。こんもりと木が茂り、日向ぼっこの老人やカップルが座る岸辺を、物欲にかられず散歩するのは心地よい。
ご飯時ならジェマップ側のレストラン、シェ・フィルー。エコロジーなコンセプトストア、Centre Commercialも近い。

Canal Saint-Martin

最寄駅:レピュブリック/République
(3-5-8-9-11番線)
ジャック・ボンセルジャン/
Jacques Bonsergent
(5番線)

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