フレンチ・コード
ガイドブックには載っていないパリとフランスとフランス人の日常

アニエス | 出版社経営

2008/07/21

ゆったりと流れるロワール河に沿って中世のお城が点在するロワール地方は、フランスで一番犯罪が少ない場所だ。

心和む風景と絶対関係があるはず。この地方のアンジェに住むアニエスは、その風景によく似合う優しい雰囲気と美しい声を持つ女性。夫1人、息子1人、今年50歳になる。

私の典型的一日
朝は7時半頃起きて夫のピエールと朝ご飯。朝食は彼が準備する。そのあと、夫と経営する出版社のオフィスへ。といっても、庭を横切るだけ。以前は家の中の一室で仕事をしていたけど、私生活と仕事を分離させたくて、庭の奥に小屋(?)を建て仕事場にしたの。一人ずつ別の部屋で、それぞれのテリトリーを守るようにしている。特に夫婦や親子で仕事をしている場合、これは大事なこと。私は営業やコミュニケーションを担当し、原稿読みや編集は夫なので、仕事場に入ったら邪魔をしないように会話はMSNメッセンジャーで。お昼になると「ご飯にする?」「あと15分くらいで」とメッセージを送りあう。“自宅”に戻って2人で昼食。お昼は私が準備する。
昼食後、ピエールは本を読み、仕事に戻る。私は午後をほかのことに使うことが多い。まず3年前から始めた陶芸は私のパッション。週に1回陶芸教室に通っていて、花瓶や大皿は自分が作ったものを使っている。庭の花や菜園の世話も私の役目、そして楽しみ。地元のビオ(エコロジー)のアソシエーションにも加わっている。

・・・と聞くと心配ごとのない優雅なマダムの生活に思えるけどアニエスにも大変な時期があった。

子離れ
21歳になる一人息子のオリヴィエはナントの大学に行っている。彼が出て行って2年になるけど、離れたおかげでいい関係になることができたわ。
うちにいるときは反抗的で、パソコン中毒で夜は寝ないしお酒は飲むしで、とても心配した。というより、私が張り付いて一々うるさく言っていたの。まともな時間帯で生活しろとかちゃんと食事をしろとか・・・私が言えば言うほど逆効果なんだって、わからなかったのね。ほんと、教育しなくちゃならないのは親のほうよ。夫?彼は細かいことはうるさく言わないで、“ここは”という肝心なことだけ言うタイプ。
私は一日中心配してガミガミいって、息子はどんどん閉じていって、関係をめちゃくちゃにするところだった。3~4年くらい前のことよ。

大病
その頃、乳がんだってわかったの。放射線療法をしなくちゃならなくて、ずっとパリの病院に通っていた。それを機会に息子の態度がガラリと変わったの。それまで私は、鬱陶しいだけの母親で、まともに口をきいたこともなかったんだけど、突然、会話が成立するようになって優しくなったの。きっと反抗期も終わりにさしかかっていたんだろうけど、私の病気がきっかけになったみたい。といっても、そのために病気になってはいられないけど(笑)

独立
放射線療法がうまくいって、他に転移もないから様子を見ましょう、とひと安心したところで、オリヴィエが一人暮らしを始めた。やっぱりある年齢になると、自分で仕切るテリトリーが必要なんでしょうね。ズルズル一緒にいてお互いイライラする代わりに、会ったときとても充実した楽しい時間が過ごせるようになった。と同時に、私がうるさくいってきた健康や食事のことが決して無駄になっていなかったことがわかったの。自分が教えられることを伝えるのは親の責任だと思っているから、無駄じゃなくてほっとしたわ。1週間に一度彼がアンジェに帰るか、私がナントに行って会うの。映画を観たり、彼が自炊でご飯によんでくれることもあるわ。彼女?ええ、3年越しでつきあっている女の子がいる。

夫と分かち合うもの
仕事も一緒にしているけど、共通の情熱を持つのはとても大切。私たちのは「山」。2人が出会ったのも山なのよ。数年前にアルプスに山小屋を買ったので、そこでバカンスを過ごすのが楽しみ。今年の夏はフィンランドの離れ島に2人で行くの。海と山が両方あって手つかずの自然がすごいらしいわ。毎日4~5時間歩いて、島を探検するのよ。

贅沢は時間と場所
大病をしてから価値観が変わったのは確かね。時間と場所、という贅沢にこだわるようになった。20年以上やってきた出版社は小さいながら安定しているから、あくせく仕事をする必要はない、それは恵まれているわ。庭に仕事場を持つというのも、私の贅沢ね。田舎だからできることだけど。そして陶芸や山、自分が情熱を持てることに時間を使える、ということにこだわるわ。

中年からが楽しい、フレンチ・マダム