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FRENCH-CODE NEWS vol.58  2007.05.16
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60周年を祝う今年のカンヌ映画祭。還暦です。映画祭が生まれたのは1946年、「じゃ60じゃなくて、61歳じゃない?」と誰もがすぐ持つ疑問。実は、49年と68年は開催されなかったので、「じゃ59歳じゃない!」つまり正確には60周年ではないのです。ではなぜ今年、60周年と決めたのか・・・カンヌ映画祭の開幕は、ちょうどサルコジ大統領就任の日。もしかして、大統領選で世界の注目が集まる2007年にお祝いをしたかったから?今日のニュースレターでは、カンヌの歴史をぎゅっと凝縮してお伝えします。
今週もフレンチコードをお楽しみください。

編集長 長谷川たかこ


▼ 今週の更新情報

・「美味しいパリ」
http://www.french-code.com/table_refectoire.html
白い壁の明るい空間に、小学校にあるような懐かしい椅子とテーブル。
定番料理を独創的に、というコンセプトがうけている。スタッフは元気で感じのいい男性2人。サービスが少々荒っぽくても、雰囲気、味ともにまた行きたくなる類のレストラン。

・「イベント」
http://www.french-code.com/evenements.html
1991年3月2日に亡くなったゲンズブールを回顧するコンサート。前売りチケットは完売してしまったが、当日券も出るそう。

・フランスのニュース
http://www.french-code.com/news.html
フランスで報じられる毎日のニュースより、気になるニュースをピックアップしてお届けしています。
【2007-05-11】アメリ風「事件」
【2007-05-14】給食で児童死亡
【2007-05-15】片付けられたシラク

・フレンチ・コード ブログ
http://blog.french-code.shop-pro.jp/
パリの普通の生活をお届けするブログ。
【2007-05-13】取り残されて・・・



【今週のパリ・気になる話題】

■ カンヌ映画祭は60歳

1946:カンヌ映画祭誕生

1947:カジノがあった場所にパレ・デ・フェスティバルが落成。しかし、フェスティバルの最終日に強風が吹き、真新しい建物の屋根は、風と共に去った。

1953:“タキシード着用”のドレスコードを免除されたパブロ・ピカソ、羊革のコートで登場。グランプリは『恐怖の報酬』

1960:フェリーニの『ドルチェ・ヴィータ』がパルム・ドールに輝く。

1963:『鳥』がコンペティション参加。ヒッチコック監督は100羽の鳩をクロワゼット海岸大通りに放つ。その1羽がヒッチコックに襲いかかった。

1966:28歳のクロード・ルルーシュの『男と女』がグランプリ。最年少受賞。

1968:5月革命がカンヌにも影響。ルイ・マルとロマン・ポランスキーが審査員を辞退、フェスティバルは中止。

1973:マルコ・フェレーリの『最後の晩餐』がスキャンダルになる。食べる、という快楽を拷問にしてしまう男たちの物語。ホラー映画より怖い。ご飯を食べながらビデオを観よう、というノリでは絶対見てはいけません。

1979:フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』にパルム・ドール。

1983:新パレ・デ・フェスティバル落成。その新パレのレッドカーペットに現れたイザベル・アジャーニは唖然、折り重なるカメラマンもフラッシュの雨もない!彼女の気まぐれで傲慢な態度にキレたカメラマンたちがボイコットしたせい。後にも先にも初めての出来事。個人的には好きな女優だけど、「大スターなら何でも許される」という態度を許さなかったカメラマンたちはエライ。

1988:『ル・グラン・ブルー』(ビッグ・ブルー)が酷評されて、ベッソンはブルーに。

1990:ゴダールの『ヌーヴェル・ヴァーグ』出演で、アラン・ドロンが15年ぶりカンヌ登場。

1993:ジェーン・カンピオンが『ピアノ・レッスン』でパルム・ドール。初めて女性監督が受賞。

1994:クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』にパルム・ドール。ユーモアとバイオレンスと色気ある男たちと撮り方のセンス・・・ 最高のタランティーノ。

1997:ジョニー・デップの監督作品『The Brave』にヤジの口笛の嵐。がっくりしたジョニーはそれ以来映画を作っていない。

北野武「菊次郎の夏」(1999)、大島渚「ご法度」、青山真治「EUREKA」(ともに2000)、吉田喜重「鏡の女たち」(2002)、黒沢清「明るい未来」(2003)・・・続々カンヌ登場、日本映画の明るい未来!

2004:政治色の濃いマイケル・ムーアの『華氏911』がパルム・ドール、という審査に議論炸裂。

2006:ケン・ローチ『麦の穂をゆらす風』にパルム・ドール。

2007:河瀬直美の『殯の森』(もがりの森)がコンペティション参加、松本人志『大日本人』が招待作品。


グランプリとパルム・ドールは「どう違う?どっちがエライ?」の当然な疑問には、WIKIPEDIAがお答えします。

「当初は、最高賞を「グランプリ」(Grand Prix du Festival International du Film 、世界の映画のグランプリ)としていたが、1955年にトロフィーの形にちなんだ「パルム・ドール」(黄金のシュロ)を正式名称とし、「グランプリ」とも呼ばれる形とした。1965年に最高賞の正式名称を「グランプリ」 に戻すが、1975年に再度「パルム・ドール」としている。長らくはカンヌにおいても「グランプリ」とは最高賞の正式名称もしくは「パルム・ドール」の別名であったが、1990年に審査員特別賞(前年までの名称は'Grand Prix Special du Jury'、直訳で審査員特別賞となる)にあたる賞に「グランプリ」の名が与えられる事となり、混乱を招いている。」



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