マレの北。細長い中庭の突き当たりの扉を開けると、田舎の家のような大きいキッチンが現れる。ナタリー・ニコラの料理学校『 Esprit Cuisine』 へようこそ!今日のメニューは、甘いタマネギのポタージュ、オニオンフライと炒りアーモンド添え、香草がたくさん入った肉団子、季節の果物入り本物ティラミス・・・
先生のナタリーは、食材や料理のことを話し出したら止まらない威勢のいいマダム。食べ物への情熱と好奇心に溢れ、ウサギの煮込みにみりんを隠し味に入れたり、肉に味噌ソースを使ったりと日本素材のファンでもある。
さて料理学校を開くまでの道のりは・・・?
13歳で決めた「ジャーナリストになる!」
理由?自分でもわからないの。父は雑誌社で写真を管理していたけど、私が小さい頃になくなったから影響を受けたとは思えないわ。大学で法律とジャーナリズムをやって、何か専門分野を持たなくてはいけないから、当事から興味があった海のエコロジーを選んだの。海の汚染やどの魚が撲滅の危機とか、ゴミの処理とか、そういうテーマであちこちの雑誌に記事を書いた。取材で日本にも行ってすごいファンになったの。当時(今から20年くらい前)はエコロジーの先駆けだったから、私の名前も少しずつ知られていった。でも次第にもっと楽しい記事を書きたいって思うようになったの。環境は悪くなるばっかりだから悲観的な記事ばっかりなのよね。
料理ジャーナリスト
それで前から関心があった料理のことを書きたいと思って、創刊になって間もない「Elle a table」に、オーガニックワインについての記事を持っていたの。それが悪くなかったみたいで、芸能人が自分の好きなワインや食べ物について語るコラムを担当。芸能人を追っかけまわして記事にまとめるって仕事。「Elle à table」のほかに「Saveurs」「Régal」にも書いたわ。
料理への関心?父がなくなってから母が働いていたんで、早くから料理をするようになったからかしら?どうせ作るなら、同じものの繰り返しじゃなくてちょっと工夫したものをって・・・高校生から朝市でバイトをしてたくらいだから、食べ物への好奇心は人一倍あったわ。
こんなこと続けていられない!
と思い出したのは、夫と出会った頃、ジャーナリストを13年やった頃よ。エコロジーのジャーナリストたちは何日も調べて、確認して記事を書くプロ精神の人が多かった。ところが料理ジャーナリストって調べもせずいい加減で、早い話、アホが多いの(注:ナタリーの言葉を忠実に再現)。一生懸命記事を書いたって採用されないこともあるし、フランスでのジャーナリストの扱いが悪いのにも腹が立ってきた。
情熱が持てるのは料理
ジャーナリストを辞めるといったら、みんな反対したわ。せっかく依頼があって名前も知られてきたときに辞めるなんて信じられないって。でも50歳が近づいてくるんだから、自分が満足できることをしたいと思った。好きなのは料理だから、レストランを開くか、料理教室を開こうか考えて、結局後者に。キッチンスペースをそれ用に大改造して(50㎡!)2004年7月にEsprit Cusine(料理のエスプリ)が誕生。同じ月に妊娠しちゃって、だから1年目はすべて初めてのことで大変だった。幸い、妊娠期間中はラクで、すごくデブると思ったらそんなに体重も増えず、出産3週間前まで教室をやって、産んで3週間後に再開したわ。
エスプリ・キュイジーヌのエスプリは?
食材のことをよく知るのが大切。例えば6月に「私のラタトゥイユが美味しくないのはなぜ?」って聞く生徒さんがいるの。トマトやズッキーニは夏の太陽を浴びて美味しくなるんだから、6月じゃまだまだ太陽が足りないの。美味しくできるのは9月、それ以外の季節だったら完熟トマトの缶詰を使ったほうがいいってこと。最近の料理教室ってテクニックは教えるけど、食材の性質や一番美味しい食べ方を教えないのよね。エコロジーをやってたから野菜・果物はオーガニックにこだわるわね。
イタリア人のご主人はナタリーの美味しい料理を毎日食べられて幸せ者、と思いきや「トマトとパスタがあればいい人、手の混んだ料理は苦手なの。だから試作品は友達に食べてもらう」
もったいない!
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