ディディエ・リュド
ヴィンテージ・コレクター

職業:

パレ・ロワイヤルのパッサージュにヴィンテージ・ショップ「ディディエ・リュド」を開いて30年。パリのヴィンテージのゆるぎない第一人者!

どうしてこの仕事を選んだか:
母親がとてもおしゃれな人で、彼女のワードローブに興味を持ったのが始まり。彼女が服をオーダーするときは一緒についていったし、ディオールなどクチュリエの名前を覚えたのも10代の頃だった。

経歴:
1975年、パレ・ロワイヤルにオートクチュール・ヴィンテージの店を開く。クリストバル・バレンシアガ、マダム・グレ、ヴィオネ、シャネルなどを揃えた。コレクションが増えるに連れて、エクスポジションも開催。1996年には永遠のエレガンス、ブラックドレスを賛辞するエクスポ『la Petite Robe Noire』、2005年にはパレ・ロワイヤルでの30周年を記念してディオールの回顧展を開いた。ニューヨーク、東京など海外の展覧会に貸し出すことも。今日、コレクションは1万点に達し、パリの家と田舎の家にぎっしり。増え続けるから保管場所に苦労している。パレ・ロワイヤル公園を横切って対面には僕がデザインした50年代60年代の香りがするブラックドレスのプレタ、la Petite Robe Noire が98年にオープン。リトル・ブラック・ドレスはすごくパリっぽく、流行に関係なく女性の勝負服だと思う。

リュド氏が見たヴィンテージの変遷:
70年代には、ヴィンテージといってもそんなに古くなかったから、個性的なファッションが好きな人がお客だった。そのうち、「既に昔のモードなので『流行遅れ』になる心配がない」「流行がめまぐるしく変わるので、ヴィンテージの服を着ると安心する」などの付加価値が加わる。例えばシャネルなら、半額以下の値段で、誰も持っていないシャネル・スーツが手に入るという“質と値段の関係”も魅力。自分のスタイルを持っている女性にヴィンテージファンが多い。さらに近年になると、オートクチュールというフランスの共有財産を守ろうという傾向も出てきた。そこでリュドさんは言葉を切り、
「ところでオートクチュールの顧客が全世界に何人いるか知っていますか?」うーん、あれだけオートクチュールのメゾンがあるんだから、1000人はいないとやっていけないのでは?答えは300人。
スーツをオーダーする人はもういないからイブニングドレスのみ、女優は買わないで借りるから、オートクチュールの顧客はたった300人!だそうだ。「アラブ富豪の愛人とサッカー選手の奥さんだけ」とリュドさんはいたずらっぽく笑った。